無題(三)
宮本百合子
未練も容謝もない様に、天から真直な大雨が降って居る。
静かな、煙る様な春雨も好いには違いないけれ共、斯うした男性的な雨も又好いものだ。
木端ぶきの書斎の屋根では、頭がへこむほどひどい音をたてて居るし、雨だれも滝の様で見て居ると目がくらむ。
到底軒の玉水などとやさしい事を云うどころではない。木の根元をくぐったり、草の根をすり抜けたりして、低い方へあとからあとから追っかけて流れる河が幾筋も出来、ポカポカと泡をただよわせながら、どしどし、どしどしとながれて行く。
震えて居る木の葉でも水玉でもあらゆるものが躍って居る様に見える。
私は軒の長い御かげでとばしりの来ない部屋に座って蟻塚は崩されたり埋められたりすまいか、蟻地獄の摺鉢も、大方流れたろうなどと思う。こんな時に、野鳥の巣はどうなるのかしらん。
それはそうと、今朝早く起きて岡田さんのところへ行くなどと云って居たが好い事をしたと思う。
私のすきでさして居る頭ほか入りそうにない小さい傘を幾本さしたところで、この雨では凌げるものではないもの。
電車の停留場に臆病らしく裾をつまんだ私が不安そうな眼つきをし
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