てたって居る様子を想像する。
 そんな時には好い加減きれいな人でも見っともなくなってしまうものだから、そんないやな様子を、人々に見つめられると云う事も堪えがたい事だ。
 先ず先ず無事ですんでよかったとつくづく思う。
 フト気が付いて見ると、その騒ぎの中に槇の木と、その傍のうす赤い葉の楓はゆさりともしずに居る。
 紫陽花だの樫だのが、石橋の振車の様に頭を振りに振って居るのに、二つだけは作りつけの様にじいっとして居る。
 あんまり静かな姿が、私には堪えられないほど怖ろしい。
 沈黙をかたくとり守って居る様な姿があまり他とはなれて居るので、気をつけまいとしてもつい気を引かれる。
 多くの群の中に一寸異ったものにはすぐ気がつく。平常いくら動かない木を見ても別に異った感じを抱く事はないけれ共他の動く木の中に、じっとたったまま小ゆるぎさえしないのを見ると非常に珍らしい。尊げに見える。
 人間の非凡だとか偉大だとか云う事の分れるのも斯うした場合があっての事だろう。



底本:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年12月25日初版
   1986(昭和61)年3月2
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング