、戸が一寸すいて八つの眼玉がその禿をのぞいた。――いつ出るんだろう、あの爺さん――第二図は、湯槽の横断面で、驚くながれ爺さんは湯槽で風呂をつかって居るのではなかった、彼はそこで生活して居るのだ。勿論着物のまま爺さんは膝をたてて湯槽によりかかり本をよんで居る。彼のちぢめたどた靴の先には、レーニンも照覧あれ! モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]文化象徴である|石油コンロ《プリムス》、薬[#「薬」に傍点]カン、人別手帖で買ったところの貴重なパンの塊、ソーセージ、――つつましき人生の全必需品がもち込まれて居るのだ。
この湯槽には、だが幸三十四度の温湯がたたえられてある。黒い東洋の髪をぬらしつつ漬って居るのは自分だ。湯槽の内にも日光は燦いた。時々、地下室の実験用犬の鳴く声が聞えた。
肝臓のために一週二度ずつ沐浴が出来る。何と楽しい課目!
生れて始めて凹《へっこ》んですき間の出来た股を 湯のなかで自分は愛撫した。
壁際の黒皮ばり長椅子に二十歳のターニャが脚をひろげてかけて居る。白い上被りの中で彼女は若々しい赧ら顔と金髪と大きな腹をもった綿細工人形みたいだ。
ターニャは姙娠八ヵ月
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