無題(七)
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)玉菜《カプースタ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三十五|留《ルーブル》貰い
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]
−−
時砲の玉みたいな製鉄炭酸瓦斯管が立って居る。水色エナメルの変圧器の上に日光がさした。その日光は窓枠の上に雑然と置かれたシクラメンの葉ばかりの鉢や、酸づけ玉菜《カプースタ》の瓶をも照して居る。エミール・ヤニングスが世界的映画「※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]リエテ」の中で、食卓から立ってしめたと同じプロレタリアの水道栓が壁にあった。わきに幾枚も古びた外套が重ねてかけてある。外套の下に上靴《ガローシ》と防寒靴《ワーレンキ》が三足かためてあった。窓から二米はなれて湯槽があった。黒い髪だけが湯槽の外へ見えた
この間こんな絵を見た。やっぱり今ここに在る通り湯槽から頭だけが見えて居る。これは禿げた爺のロチョー部だったが、戸が一寸すいて八つの眼玉がその禿をのぞいた。――いつ出るんだろう、あの爺さん――第二図は、湯槽の横断面で、驚くながれ爺さんは湯槽で風呂をつかって居るのではなかった、彼はそこで生活して居るのだ。勿論着物のまま爺さんは膝をたてて湯槽によりかかり本をよんで居る。彼のちぢめたどた靴の先には、レーニンも照覧あれ! モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]文化象徴である|石油コンロ《プリムス》、薬[#「薬」に傍点]カン、人別手帖で買ったところの貴重なパンの塊、ソーセージ、――つつましき人生の全必需品がもち込まれて居るのだ。
この湯槽には、だが幸三十四度の温湯がたたえられてある。黒い東洋の髪をぬらしつつ漬って居るのは自分だ。湯槽の内にも日光は燦いた。時々、地下室の実験用犬の鳴く声が聞えた。
肝臓のために一週二度ずつ沐浴が出来る。何と楽しい課目!
生れて始めて凹《へっこ》んですき間の出来た股を 湯のなかで自分は愛撫した。
壁際の黒皮ばり長椅子に二十歳のターニャが脚をひろげてかけて居る。白い上被りの中で彼女は若々しい赧ら顔と金髪と大きな腹をもった綿細工人形みたいだ。
ターニャは姙娠八ヵ月
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング