だ。午後四時まで第一大学附属内科の婦人部で働いた。夜はラブ・ファクへ通ってダルトンプランの教育を受けた。一間に一間半もある大ペチカのある病院の台所の隅で ターニャは代数の方程式を書くのだ。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――お湯ぬるくありませんか
――丁度いい
[#ここで字下げ終わり]
 一寸黙って居たがターニャは愉しそうに伸びをして、両腕を頭の後に組み乍ら云った
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――もうじき私、休みを貰う
――いつ?
――明日お医者のところへ行って診て貰ってね、今週のうちに貰えるでしょう
――私の方がのこっちゃったわね
――ニチェヴォー、直きよくなりますよ、
[#ここで字下げ終わり]
 分娩までに二ヵ月、分娩後二ヵ月の休暇を〔約三字分空白〕留の援助金とともに貰うのだ。
 ターニャは石鹸の泡だらけのスポンジで私の背中をこすりつつ、又云った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――何て往来が暖かくなったんだろう! これからは私散歩、散歩!
[#ここで字下げ終わり]
 彼女のよろこびが溢れて 私を包んだ。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――いいわね ターニャ、よく散歩して赧い赧い顔をした赤ちゃんを早くお生みよ
――私子供がそりゃすきなんです
[#ここで字下げ終わり]
 それはターニャが、腹の重さで心地足を引ずるようにし乍ら、歩いて居る様子でよくわかった。
 二十歳の、親なしの雑使婦のターニャの白い上被を着た身のまわりには腹の児に対する愛とともに深い生活の安心が輝やいて居た。
 天気の晴れたり曇ったりにまで、草のように気分を影響される病人で満ちた空間をよこぎって、ターニャの重い腹と金髪が動くと、そこには美さえあった。СССРの新社会制度が 此世にもたらしたよき人間的美の一つとして、自分はそれを感じるのであった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――赤ちゃんが生れてもラブ・ファクつづけるの
――もう一つ部屋を貰えればつづけられるんです 知り合の女の子に来て貰ってね
[#ここで字下げ終わり]
 ターニャは、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――男の子が生れるといい
[#ここで字下げ終わり]
と云った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ソヴェトロシアでは 男も
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