ます。マーブルのような女の美くしい頬にてりそってチラチラして居ます。
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女「寒かったでしょう、早くあったかくなってそして人の世の話をきかせてちょうだい」
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 女はぬれたみどりのマントをぬがせて自分のわきの椅子に腰をかけさせて、
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女「小さくて美くしい方、貴方は何と云う御名」
子「私? 名はないんです、ただとなりの娘もお母さんも私の事を□□□[#「□□□」に「(三字分空白)」の注記]って云うんです、だから私も自分の名はそう云うんだと思って居ます」
女「マア可愛いい名、年は?」
小「十五」
女「妹さんがお有んなさるの? 毎日何をしていらっしゃるの」
小「私、妹も兄もないんです。私は毎日朝飯をたべると隣の娘と奥の牧場に行って今年生れた小羊を相手にリンゴの木かげで遊ぶんです。となりの娘はローズって名の通りの美くしい娘であの白い細いうでで私の首をかかえてじっと私のかおを見ながらいつも美くしい話をして呉れます。お昼になると家にかえっていろいろな話をするんです。それから日が少し西に落ちかけて森の上が赤くなる頃、私は銀笛を持ちローズは歌の本をもって小さい川を渡って森ん中に行き、紫の山を見て木の幹によっかかりながらローズは美くしい声でうたをうたい私はそれに合せて笛を吹きます。そうするともう気も遠くなるほどいい気持になって二人で手を組み合ったままだまってしまいます。そうするとキット私の頭の中に一つ詩がうかびます。それを紙に書いて月の出る頃又川を渡って家にかえってその詩を母に見せて窓から頭を出してとなりのまどのローズに『サヨーナラ』といって白い床に入ってねるんです。ローズは私の姉さんのようにして呉れます。母も許して呉れるので」
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と赤い唇をうごかしながら軽くうたでもうたって居るような声音で女の体に身をよせながらその様子をしのぶような目をして話します。女は、
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女「そのローズさんはどんな風をして居ますの」
小「ローズですか。そりゃあ美くしい人です。私によく似て居て目がみどりで大きく毛はほんとうの黄金でいつでも何にもしないでさげて、白い着物を着て羊の皮の靴をはいて居て声の美くしい人なんです。私の姉さんなんですもの美くしいのもあたり前じゃありませんか」
女「ほんとうにネ。これからいつまでも私の家に居てちょうだい。私はいつでも美くしいうたをうたってあなたを可愛がりましょうネ」
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 小さい手を力一ぱい握って瞳をかがやかしながらそう云うんでした。旅人は嬉しそうに又困ったらしく、
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小「エエ居てもいいですけど私はまだ行く所があるんですもの」
女「もう行きたい所ってここより外にないでしょう。ここが貴方の来たいと思って居らっしゃった所なんですもの。これから毎日そこいら中におつれしましょう。ネ、いいでしょう。どうぞ居て下さい。私は一人で淋しくてしようがないんですもの。私、いくつだとお思いになって、まだ十八なの。けれど私一人でこんな所に居るの。私は不思議な人なんですのよ」
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とその旅人の頭に頬をのせながらいいました。
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小「エッ一人? マア可愛そうに、お一人でいらっしゃるのこんな淋しい所に。マアそして不思議な人って。話して下さいネ。私はいつまでもここに居ましょうネ」
女「有難う、お話しましょう。私はもとはすてごだったんです。あの向に一つ松が見えましょう、あすこに捨てられて居たんですの。そうするとネ一匹の大きなそれは立ぱな鹿が一匹来ましてネ、私をひろってこの家につれて来たんですの。それは私の四つの時でしたワ。それからそのしかはいろいろにそだてて呉れて彼の森に居るこま鳥に歌を習わせたり、川の流れに詩を習わせたり、野辺に咲く花に身のつくり方をおしえてもらったりして今日まで大きくなりましたの。それでその鹿は『お前は必[#「必」に「(ママ)」の注記]して私の生きて居る内人に会ってはならない若し会うと私が大変な目に合うから』といって外に出しませんでしたの。けれ共その鹿はもう三月前に死んでしまいましたの。それで私は一人でこうやって暮していますのよ」
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 詩人はとどろく胸をおさえてその話をききほれて居ました。
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小「マア何と云うおもしろい話だろう。だから貴女はきっと人ではないでしょう。だけれ共私はいつまでもここに居ましょう。ネ、お姉さま」
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 お姉さまと小さく云って赤いかおをして女を見
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