くしいのもあたり前じゃありませんか」
女「ほんとうにネ。これからいつまでも私の家に居てちょうだい。私はいつでも美くしいうたをうたってあなたを可愛がりましょうネ」
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小さい手を力一ぱい握って瞳をかがやかしながらそう云うんでした。旅人は嬉しそうに又困ったらしく、
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小「エエ居てもいいですけど私はまだ行く所があるんですもの」
女「もう行きたい所ってここより外にないでしょう。ここが貴方の来たいと思って居らっしゃった所なんですもの。これから毎日そこいら中におつれしましょう。ネ、いいでしょう。どうぞ居て下さい。私は一人で淋しくてしようがないんですもの。私、いくつだとお思いになって、まだ十八なの。けれど私一人でこんな所に居るの。私は不思議な人なんですのよ」
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とその旅人の頭に頬をのせながらいいました。
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小「エッ一人? マア可愛そうに、お一人でいらっしゃるのこんな淋しい所に。マアそして不思議な人って。話して下さいネ。私はいつまでもここに居ましょうネ」
女「有難う、お話しましょう。私はもとはすてごだったんです。あの向に一つ松が見えましょう、あすこに捨てられて居たんですの。そうするとネ一匹の大きなそれは立ぱな鹿が一匹来ましてネ、私をひろってこの家につれて来たんですの。それは私の四つの時でしたワ。それからそのしかはいろいろにそだてて呉れて彼の森に居るこま鳥に歌を習わせたり、川の流れに詩を習わせたり、野辺に咲く花に身のつくり方をおしえてもらったりして今日まで大きくなりましたの。それでその鹿は『お前は必[#「必」に「(ママ)」の注記]して私の生きて居る内人に会ってはならない若し会うと私が大変な目に合うから』といって外に出しませんでしたの。けれ共その鹿はもう三月前に死んでしまいましたの。それで私は一人でこうやって暮していますのよ」
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詩人はとどろく胸をおさえてその話をききほれて居ました。
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小「マア何と云うおもしろい話だろう。だから貴女はきっと人ではないでしょう。だけれ共私はいつまでもここに居ましょう。ネ、お姉さま」
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お姉さまと小さく云って赤いかおをして女を見
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