で行くんでスネ。一変[#「変」に「(ママ)」の注記]は死ぬものです、人間は、ネエ、そうでしょう、どうせ一度しななくてはならないんですもん」
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淡く紅さした頬は白い歯を出して淋しい笑をうかべました。その様子の美くしかった事。
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ロ「私の可愛い人何故今日に限ってそんな事を云うの。何か貴方につらい事でも出来たの。どうぞ、貴方の一人しきゃあない私におしえて頂だい。まだ若い貴方がどうしてそんな事を考えたの。お忘れなさい。そして華な将来をお考えなさい。世界に有名な詩人、その人のそばに始終かげの様について居た私のその時の嬉しさ、ネ、考えて御らんなさい。私悲しくなって来る」
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教える様にさとす様に云いましたけど、ローズだってまだ娘なんですもん、美くしい小い詩人の頭の中に考えられて居る事がどうして世間知らずの生娘に分るもんですか。自分までたよりない様な悲しい気持になって目からは熱いものがにじみ出ました。考えるともなしに今までの事を思い出して居ました。フト森の女、白鹿に育てられた女、と云う事がスーと目の前を走りすぎた車の提灯の光の様に思い出されました。
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ロ「アアあの森の女、キット常の世のものとはちがうにきまって居る、それにあの別れる時に何と云っただろう、『あなたはとうとう私の心を知らずにかえっておしまいになるのネ。いつか貴方が思い出す時がありましょう。私はどうしてもあなたの心に入らなくてならない』オオ、マア、何と云う気味悪い言葉だろう、キット、キット、あの森の女の蛇の様な心がこの美くしい詩人の心をいためて居たにちがいないんだ。おお恐ろしい、オオ気味の悪い」
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身ぶるいをしながらソット詩人をのぞきこむと安心したらしい安なかおをして暖い胸によってかすかないびきを立てて居ました。
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ロ「マア、いつのまにか、キット夜ねられないで居るのだろう、可愛そうに、私は胸が折れてしまうほどつかれてもこの美くしい人の眼はあけさせますマイ」
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ふるえた小さい声で云ってしなやかな体をきつくだきしめました。話す相手もなく人形のような人を胸に抱いて居るローズは森の女の一度だき〆めた
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