ならなかった。
 更紗の小布団の横にみのえもころがって、子供に顔をいじられながら何かお伽噺《とぎばなし》をしてやった。古風な猿蟹合戦、または浦島太郎。
「ね、浦島さん、亀の子へのっかって海へ行ったのよ」
   浦島太郎は亀にのり
   波の上やら海の底
 みのえは唄っているうちに稚な心に戻った。鈍いような、鋭いような、一種液体のような幼年時代がみのえの発育盛りの不安な神経を覆う。彼女は子供と溶け合ってぼんやり転《ころが》っている。――
 突然、
「今晩は」
 みのえは、愕然として意識がはっきりすると一緒に、母親が自分の子をひとに押しつけ、身軽に油井を迎え、喋《しゃべ》ろうとしているのを感じ、泣きたいようになった。
 みのえこそ、真先にとび出したい者であった。けれども彼女は、パッと襖の立て合せから条になって洩れて来る光線を眺めるだけで、そこを動くことは出来ない。子供はまだ眠りつかない。
 中途で立って行けば子供は泣くだろう。
 母親のお清は、再び暗い、むつき臭い部屋へみのえを閉じ込めるであろう。
 いつまでも眠らない子供、自分に代ろうと思ってもくれない母親。みのえは、自分の体の中で赤いも
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