はたくようにした。
「もう帰らなくちゃ」
「そうですか――まあ、もうこんな時間かしら」
 油井は玄関へ出て、外套や襟巻をつけた。お清が外套をきせかけてやる。みのえは、柱によりかかり、油井の一挙一動を見守った。彼が、真白い襟巻をきっちり頸につけて巻いた時、みのえは小さい声で、
「似合うのね、それ」
と感に入ったように囁《ささや》いた。
「左様なら、またいらっしゃい。――お父さんにどうぞよろしく」
 みのえは、母親の肩につかまって、やはりじっと油井が格子を出るのを見送ったまま、左様ならとも何とも云わなかった。
 元の八畳へ戻ると、急に茶器が散乱しているのばかり目立った。
「あーあ、すっかりおそくなっちゃった!」
 さも迷惑らしくお清は片づけものをよせ集めながら欠伸《あくび》混りで呟いた。が、みのえはそれが本ものでないのを知り、母親を侮蔑した。
 飽くまで真面目でお清は娘に云いつけた。
「さ、早く表の締りしてきとくれ」
 父であり夫である杉本剛一は当直の冬の夜であった。みのえは十六だ。

             ○

 みのえに三つの妹があった。その児をみのえが八時過ると寝かしつけなければ
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