シューン。……
みのえは、溺れ込んだように集注して息をつめ、たぎり始めた湯の音をきいた。蓋を、元禄袖の袖口できると、俄《にわか》に湯玉のはじける音がはっきりした。
もう少し……もう少し……もう少し。あたりは暗いし、待ち遠しいし、つきつめた、気の遠くなるような思いで今溢れる際までたぎり立たせ、みのえは瓦斯を消し、ちょっと手をひっこませて元禄の袖口の綿入れにもうっと温く伝って来るほど熱した薬罐を持って立ち上った。
襖をあける。
眩《まぶ》しい。光の針束がザクリと瞳孔をさし、頭痛がした。
みのえは、
「ああくたびれちゃった!」
薬罐を置いて、油井の横へ、ぺたんと坐った。
「――御苦労さま」
お清は、生真面目な顔と様子で番茶を注ぎ出した。その真面目さが、みのえを擽《くすぐ》った。みのえは、肩揚げのある矢絣の羽織の肩に自分の顎をのせるようにして油井を見ながら、眼と唇とで笑った。油井は、ちらりとみのえの笑いを照りかえしたが、素早く口元をたてなおし、睨むような真似をした。みのえは、少し体を動かして母親の方を向いた。
番茶を飲み終ると、
「さあ」
油井は立ち上って、銘仙の着物の膝を
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