やしなかったんだよ、いやじゃあないの。あんなに、親父さんが会いたいって云うって招《よ》んどきながらねえ。私が帰るまで影も見せやしない。だから私云ってやったんだよ、油井さん、見かけによらないんですねって。さすがに何か云い訳してたけど……」
 その日、お清はみのえを連れて油井の家へ行った。油井のところからみのえだけ母親の代理に一人浜町へやられた。叔母と向い合っている間じゅう、叔母の眼鼻だちのすき間に油井の二階に坐ってこっち向いている母親の姿がちらちらして、みのえは自分で何を喋っているのか分らなかった。その気持が母親の話でみのえの記憶に甦った。彼女は、その感情を心にかみしめながら、
「そいでどうしたのよ」
と云った。
「どうもしやしないけどね……でも変さねえ私がひとり者だったらどうしたって結婚するだの、どこかへ出かけようだのって――あの日芝居へ行こうってきかなかったんだよ」
「ふうん」
 浜町へ行きたがらないでじぶくっていたみのえに、
「いい子だから行ってらっしゃい、ね、ね」
 油井は、ね、ね、を特別な眼つきと言葉の調子とで云い、みのえを玄関へ送り出してキスした。
 再び油井の家へ帰って来た
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