せ、こわいような、珍しいような正体の解らない感動そのものがいい心持であった。みのえは黙って、黒いお下髪《さげ》のリボンが動くほど合点をした。
「じゃ約束してくれる?――約束すると他の人と結婚出来なくてもいい?」
 みのえはまた合点をした。
 いきなり、髭がみのえの頬ぺたを刺した。油井の顔が、みのえの視野一杯にひろがった。彼女は油井の眼が兎の眼のように赤かった気がし、夢中になって彼の胸に自分の顔をつっこんだ。

             ○

 母親が縫物をひろげている。みのえは傍の小机に肱をついてぼんやりしていた。
「明日は土曜日だね」
「…………」
「油井さんまた来るだろうか」
「さあ、知らないわ」
 みのえは冷淡さで自分の感情をカムフラージした。
 お清はしばらく黙って袖の丸みを縫っていたが、表へかえし、出来上りの形をつけながら独言のように云った。
「あの人も早く奥さん貰えばいいのにさねえ。――もっともどんな気でいるんだか知れやしないが」
 ふと語調をかえ、お清はおかしい秘密話でも打ちあけるように云いつづけた。
「こないだあの人の家へ行った時ね、話さなかったけれど、親父さんなんかい
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