何にも工合よさそうだからね」
彼は立って、あわただしく身仕度を始めた。
「しかし、もう駄目かもしれないね」
我々は、一度目の経験で、斯様に、一寸でも目ぼしいと思うような貸家の広告は、如何程迅速に人々の注意を牽き、又交渉されるかを覚えて居た。
朝八時頃新聞を見、本郷から下谷の其処まで行くうちに、もう十幾人目かの人と、すっかり話が纏って仕舞った等と云うことさえ在ったのである。
ネクタイを結ぶ彼の傍に立ち、自分は、見てもしよいと思ったら、私に構わず定めておしまいなさい、とすすめた。ぐずぐずして居るうちに、さっさとひとが定めて仕舞うかもしれない。
始めて家を持とうと云う時には、貸家と云うものが如何那ものかも知らず、いつも完全に近い理想を持ち出しては、不満を申し立てた。けれども、暫く、強いても、此那家に住んで見ると、住居と云うものが、住人の趣味やケーアによって、如何那に変化するものか、又、一寸見はたまらないような場所でも、大体辛棒が出来れば、決して落胆せずに手を入れられると云うこと等が判って来たのである。
嘗ては、住心地のよいとか、カムフォタブルであると云うことは、もうちゃんとそう出
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