平林たい子の「盲中国兵」「終戦日誌」「一人行く」「こういう女」などは、作者のアナーキスティックな資質は変らないが、戦時中彼女がこうむった抑圧の記録として、また中国捕虜のおそるべき運命の報告書として、強い感銘を与えるものであった。その後この作家が「地底の歌」という新聞小説の連載によってやくざ[#「やくざ」に傍点]の世界の描き手となったことは注目される。作者は日本の暴力、やくざの世界が市民生活の民主化を妨げ(例えば「暴力の街」)、労働者の生命をおびやかすものとして(読売の争議その他の争議へのなぐりこみ)権力に利用されていることについて具体的な知識をもっている筈である。「地底の歌」はやくざの世界の封建性を批判しようとしながら、作者は彼等の世界にある人情に妥協して、反民主勢力としての日本のやくざ[#「やくざ」に傍点]の反社会性をえぐり出していない。自他ともに「逞しい生活力」を作家的特質として認めているこの婦人作家の今後の動きは注視される。
 佐多稲子は「私の東京地図」をもって新しい出発に踏みだした。この連作で作者は戦災によってすっかり面がわりした東京の下街のあすこここを回想的に描き出しながら、
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