えます。あの時あの女は「潰れますよ」と怒鳴っていた、そういえばひどいことだ、ひどいことといえば治安維持法がなくなってもまだまだ不合理はある、子供が電車の中で潰されて殺されたらその責任は親にあるなんてなんというひどいことだろうと考えます。しかし女なんて不思議なものだ、民法で妻は無能力者になっている、女は結婚すると無能力者になってしまう。一家を賄っているのに、自分で家を建てることも、借金もできない。しかし刑法では女は十分能力あるものとしている。そうして子供を電車で潰されたという女にとって不仕合せな事柄が過失殺人罪として罰せられる。これは輿論が喧しくて罰しきれませんでしたが、一方では無能力者であり、不幸になった時だけ能力者になっている。惨《むご》い話です。そういう風な一つの「潰れてしまいますよ」という声から私どもはそこまでだんだん考えて行くことができます。こうやって話している時にはいろいろな声を出して話す。声を出して考えるということは苦痛です。やはり私どもは声を出さないで考えることが楽だし、その方が深く入る。「助けて下さい」という声一つの経験、これを机の前に坐って考えて見ると、だんだんたぐっ
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