家でさえそうですから、他の外国では「源氏物語」という名だけは、或は有名になったでしょうけれども、その文学としての実体は、本当に理解されていなかったのでしょうと思います。今までの日本の対外文化政策で、「源氏物語」という作品をどういう風に紹介したかといえば、あの作品は日本の十一世紀頃に書かれたものであって、その作者である紫式部という女性は、藤原家出身の中宮が、政策のために自分の周囲に文学の才能ある婦人を召しかかえた、その宮女の一人であったという現実を率直に語りはしなかったでしょう。紫式部はこれだけの天才を持ちながら、歴史の中では藤原氏の一族中の末流の家に生れたことは分っているが、何子といったのか本当の名前は分っていません。紫式部というのは、女官としての宮廷の名です。女流文学の隆盛期と云われた王朝時代、一般の婦人の社会的な地位は、不安で低いものでした。その中から、こういう小説を書いた。そして紫式部が書いた小説にはなかなか立派な描写があるし、同時に彼女の生きた時代の女のはかない生き方、大変に風流のように、美くしそうではありますけれども、実際には、婦人の独立を守る経済基礎は全くなくて、男まかせの
前へ 次へ
全33ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング