短かった。或る一定の期間、その成熟した活力によって幾多の傑れた実を生むまでの継続した期間がなくて、社会の圧迫よりも本能の圧迫を感じると叫んでいた花袋でさえ、僅か三年後の明治四十四年には、「男女の魂の問題を題材とするようになった」。つづいて激しい精神的動揺の数年を経て、一九一七年大正六年ごろには遂に「自然主義的なものを逸脱し、宗教的、哲学的」となって行ったのであった。
自然主義が、客観的描写をとおして、現実の真に迫ろうとしつつ、平板、瑣末、所謂暗い面の一方的な強調、単なる露骨さに陥ったということには、自然主義そのものが本来ふくんでいた現実の観かたの不十分さ、創作方法上の未熟さと、更に結びついて日本独自な伝統からもたらされた現実に対しての受動的な文学態度との関係があった。あれだけの熱風を捲きおこして、より広い、より多様な人間性の活躍の素地を拓いた運動が、新しい領野で一層豊富な近代のリアリズムへ伸び得なかったのは何故であったろう。その後、自然主義文学以前には思っても見られなかった闊達な文学的雰囲気の裡に育った若い世代が、ネオ・ロマンティシズムと呼ばれた唯美的、頽廃的、神秘的な傾向へ転化して
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