菓子屋の娘であった鳳晶子の才能に働きかけ、それをひきつけ、目ざまして行った過程は、鉄幹、晶子の夥しい作歌のうちに色彩濃く描きつくされているのである。
 鉄幹は京都の生れだが、晶子は堺の町の沒落しかけている羊羹屋に、三人めの娘として明治十一年十二月、歓迎されない誕生をした。父親が娘を可愛がる通例とちがって、晶子は父から邪魔もののようにうとんぜられ、勝気な母は弟や妹の世話を彼女にまかせ、家のために青春をとざされ過した。堺の町にたった二冊だけ入る『文学界』のうちその一冊はこのとざされた生活の晶子が購読者であった。やがて『明星』が一冊六銭、当時のタバコのピンヘット一箱の代で発行されたとき、晶子はこの新詩社の運動に激しくひかれて、上京した。明治三十四年といえば晶子は二十三歳の年で、その秋に鉄幹と恋愛を通して結婚した。
『みだれ髪』はその年に出版された。
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夜の帳にささめき尽きし星の今を
      下界の人の鬢のほつれよ

歌にきけな誰れ野の花に紅き否む
      おもむきあるかな春罪もつ子

髪五尺ときなば水にやはらかき
      少女《をとめ》ごころは秘めて放たじ

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