あたりの文字五六字づゝ技倆上達の霊符として飲ませたきものなり」と称讚した。
「たけくらべ」の抒情の美は、一葉がどれほど大音寺前の見聞をこまかにとりあつめたとしても『文学界』の人々からの情緒的影響なしには決して生れ出なかったものだと思われる。それとともに、今日から眺めかえせば、当時のロマンティシズムがその旧さでも新さでもこの「たけくらべ」一篇にきわまったような形を示しているのも実に意味ふかく考えられる。
 後に社会文学・自然主義文学の運動に活躍した内田魯庵などが、大体一葉の芸術の境地に疑問を抱いていて、一葉も魯庵はすきでなかったといわれていることも、時を経た今では公平に私たちを肯かせる必然が感じられるのである。
 その頃一葉のまわりの賞讚の声というものは、作者に安らかなよろこびを与えるより以上に不安とその賞め言葉の浮動性を感じさせるほどであったらしく、一見傲慢とも見える苦しさで「たゞ女義太夫に三味の音色はえも聞きわけで、心をくるはすやうなはかなき人々が一時のすさびに取はやすなるらし」と歎じている。「我れを訪ふ人十人に九人まではたゞ女子《をなご》なりといふを喜びてもの珍しさに集《つど》ふ成
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