などうたへるをば、いみじういやしきものに云ひくだすこゝろしりがたし。今千歳ののちに今のよの詞をもて今の世のさまをうつし置きたるを、あなあやしかゝるいやしき物更にみるべからずなどいはんものか。明治の世の衣類、調度、家居のさまなどかゝんに、天暦の御代のことばにていかでうつし得らるべき。それこそは、ことやうなれ。」
これまでも、文学の純粋さを守ろうとする一葉の感想は様々の形で様々の矛盾をふくみながら語られて来ていたが、ここで、初めてそういう芸術至上の感慨の表現ばかりでなく、はっきりした自分の創作態度というものを表明しているのは興味ふかい。一葉はここへ来て、自分を旧来の女流文章家というものから区別する明瞭な一つの自覚をもち始めるようになったと思われる。自分の生きている時代の描きてとして自分と自分の文学とを後世に向ってうち出して行こうとするはっきりした意図。旧套の和文脈美文が示している表現力の限界を理解して、生活の中からの言葉、表現の評価に目を向けていること。いずれも、一葉の作家的自覚の著しい進歩と高まりである。
自分の芸術に対して、ここまで歩み出した一葉は同時に日常生活に向っても次第に雄々
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