三月には、「いでやあれしは敷島のうた斗《ばかり》か」という心持にまとまって行っている。「労するといへどもむくひを望まねば、前後せばまらず、左右ひろかるべし、いでさらば、分厘《ふんりん》のあらそひに此一身をつながるゝべからず。」「このあきなひのみせをとぢんとす。」
一葉の文体はこの頃から少しずつ変化して来ている。定型をふんで来た和文脈の文章はその人のリズムのあらわれたものになりかかっているのも興味ふかい。
一葉の「もとの心はしるやしらずや」樋口の三人は三様の心で、大音寺前の長屋から、本郷丸山福山町の、ささやかな池の上に建った家賃三円の家へ引きうつった。一葉は「花ごもり」を心理のかくれた土台石として、
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おもひたつことあり、うたふらく
すきかへす人こそなけれ敷島の
うたのあらす田《だ》あれにあれしを
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という心持から。邦子はもう零細な商いにあきた気持から。そして母の瀧子は、小さくとも門構えの家に住んでやわらかい着物でも重ねたいという願いから。引越しのあったのは二十七年五月一日のことであった。
これよりいよいよ小説のことひ
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