なく、女暮しのわが家の日々の充ちている煩わしい体裁などもすてられている趣が、魅力の大きい一部をなしていたと思われる。
そういう生活的な共感として、自然にひかれてゆきながら、桃水との噂がたかまり中島歌子からも云われて、桃水と絶交しなければならなくなったとき、一葉は自分の心の底まで我から見つくそうとは試みなかった。普通の娘、その時分の女のようにそういう濡衣を、「浅ましとも浅まし」「我はじめより彼の人に心許したることもなく、はた恋し床しなどと思ひつることかけてもなかりき」と、師匠の指図どおりに、桃水との交際を断つための行動をしている。
「我李下の冠のいましめを思はず、瓜田に沓をいれたればこそ」「道のさまたげいと多からんに心せでは叶はぬ事よと思ひ定むる時ぞ、かしこう心定りて口惜《くちを》しき事なく、悲しきことなく、くやむことなく恋しきことなく、只|本善《ほんぜん》の善にかへりて、一意に大切なるは親兄弟さては家の為なり。これにつけても我身のなほざりになし難きよ」と、あわれに封建世俗に行いすました心がけに納まろうとしている。明治二十五年という日本の時代がもっていた旧さや矛盾と、一葉自身のうちにあ
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