の意味も十分知っている筈である。逃亡が必然であるような背景があるならば、妻が「そとへ出られないとわかってからは、一人でさまよっているであろう彼」となって、自首したりするはずはない。そうだとすれば、逃亡に必然性がなかったと見るべきなのだろうか。必然の明瞭でない逃亡は、作品の中では「今度こそひどいし、それに余りばか/\しい犠牲だから、かくれて様子を見ることにしようかと思うんだ」という夫の言葉の範囲でしか表現されていない。この作品の主人公である妻たる「私」は、一種独特なその性格を横溢させつつ良人を深く愛しているのである。けれども、この小説が、権力との抗争を背景とするものとしてかかれている以上、この勇敢な、「丈夫で使い崩れのしない」妻「私はこの検挙以来、断じて支配者とは妥協の道のないことを、肝に銘じて確信した」(一人行く)その妻が、身代りに自分がつかまったと知ったら必ず自首する良人として、良人を確信し、それを自分たちの愛の証左のように感じているものとして描き出されている点は、読者を居心地わるく、ばつのわるい思いにする。そういう夫妻であるからには、良人の身代りに妻がいためつけられることはわかって
前へ
次へ
全369ページ中350ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング