も見られた。人間らしいものと人情的なものと混同。人間の機能のうち感性的な面だけを自覚しそれを主張する生命主義的な傾向、所謂「知性の彷徨」の正当化。それらはすべて人間肯定の名によりながら、結果としては、各人各様の主観的な文学上の主張により立たせることとなった。川端康成の模造された美の文学世界。武田麟太郎の世塵の世界。北條民雄の死と闘う病者の世界。坪田譲治の稚きものの世界。尾崎士郎、石坂洋次郎などの作品とそれに背中合せのような島木健作の所謂良心的作品、阿部知二の「知性」の文章の世界などを展開させた。それらの種々雑多な作品の主観的な主張に対して、文芸批評は殆どその本来の性質を失っていて、客観的に社会と文学の統一的な現象としての作品研究や、評価にあたる任務に堪えなくなっていた。「批評文学」などという呼び名を生んだ随筆的批評の傾向さえ現れて、批評家たちは十何年も昔平林初之輔や青野季吉、蔵原惟人等によって、やっと、客観的な文芸の批評の基準がきずかれた貴重な到達点を、放棄してしまった。人間復興の声が、当時の社会の雰囲気のゆきづまり渋滞を破ろうとする要求から、文化の楯として要望されながら、人間性の恢復
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