たかっていた、そのプロレタリア文学が存在されなくなったということは、とりも直さず、日本文学の客観的な防衛力が文学そのものの領域から奪われたことを意味した。
 今日かえりみれば、それからのちひきつづいて文学の世界に渾沌をもち来すばかりであった文学理論、批評の消滅の現象こそ、一九三七年七月中国に対する侵略戦がはじまってから、日本の殆どすべての作家、詩人が、軍事目的のために動員され、文芸家協会は文学報国会となって、軍報道部情報局の分店となり、日本の文学は、文学そのものとして崩壊しなければならないきっかけとなったのであった。
 けれども、当時、このことは見とおされなかった。その文学理論を中心として対立していたプロレタリア作家と既成の作家、そればかりかプロレタリア文学の運動に参加していた人たち自身の間にさえ、プロレタリア文学運動の終熄は、プロレタリア文学に携っている一部の人々への弾圧、反対者にとって小気味よい光景として見られたのであった。そして、一九三二年の春以後は、すべての文学理論から、社会における現実である階級性を抹殺して語られることになった。この転化が単に文学と階級との問題ではないことに十
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