間に封鎖して来たえらい[#「えらい」に傍点]男の自由を、何の根拠で咎めるのであろう。女としてすこし明るい常識に立つ発言でジャーナリズムにおける常識の指導者となり、その成功の果は、菊池寛が陥ったと全く同じな社会悪に対する感覚欠如に陥った三宅やす子の生涯の後半は、無限の教訓にみちている。
時代の内容は複雑であった。両性問題についてもはっきり、階級の姿が見られた。失業と生活困難とを根底において、ルンペン的になった小市民層の男女の感情は、当時の急進的な見解が小市民層というものを規定した簡単な否定的な評価に反撥して我から虚無的になり、旧い道徳の規準は破れたが、未だ新しい道徳は確立されていない性問題に虚無性を結びつけて実践して行った。失業と生活難をよそに有産有閑の男女には戦後の経済変調によって失われてゆく従来の家庭の安定性の崩壊があり、不良良人のためには、慣れっこになった芸者ではないステッキ・ガールと呼ばれた若い街の女たちがあらわれた。不良マダムという名のもとによばれた不幸な妻たちの周囲には、彼女たちの空虚にくい下る各種各様のとりまき男が出現した。
これらに対して、昔ながらの勤労と家庭の負担に
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