られた或る期間の成功が、却ってそれらの作家の文学の限界をなしたのであった。
宇野千代、林芙美子というような婦人作家たちのこういう文学上の足どりは、横光利一や小林秀雄などの出現とその存在の過程と本質において似かよった軌の上に立っていると考えられる。
横光利一や小林秀雄は、芥川龍之介が理性の冴えたインテリゲンツィアらしく率直に「漠然とした不安」の抗しがたいことを告白した、その社会と文学との発展がひきおこす歴史的に必然の動きを、糊塗してみせる手腕で存在しはじめた作家、評論家であった。芥川龍之介が生命を絶った次の年「『敗北』の文学」を書いた宮本顕治と時を同じく評論家として登場した小林秀雄は、その思想の骨格を先ず「批評とは己れの夢を語ることだ」という命題においた。同じ頃発表された蔵原惟人の「批評の客観的基準」という論文と対比して、無邪気な、好奇心にとんだ人々は、小林秀雄の発言があんまり素朴で疳だけはつよい面白さに目を見はったのかもしれない。「あらゆる人間的真実の保証を、それが人間的であるということ以外に、諸君はどこに求めようとするのか? 文芸批評とても同じことだ」「プロレタリア派だとか、芸術
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