乏しいのに違いなかった。」
「キャラメル工場から」の作者のこういう人生への律気さ、真面目さは、同じ女給の生活の中から小説をかき出した手近い先輩の婦人作家が、女のそういう境遇さえ、有名な雑誌編輯者が面白く思ってくれるだろうとだけ考えた考えかたと、何たる相異だろう。同じ年に書かれた「レストラン洛陽」は、金魚であり花であると見られる女給の生活にいる女一人一人の現実生活の姿が、粉粧を洗いおとし、錦紗の着物をはぎとった人間生活のいきさつとして描かれた。
 感性と筆致の柔軟さと、着実でリアリスティックな気質の裡に一筋貫いていつも鳴っている澄んだ人間意欲のより高いものへの憧れは、窪川稲子の作品を小林多喜二の作品と又ちがった感じで、人々に愛させた。
 一九三〇年「四・一六の朝」「幹部女工の涙」、三一年「別れ」、三二年「何を為すべきか」、三四年「押し流さる」等これらの作品には、当時のプロレタリア文学が最前線にもっていた労働階級のテーマが積極的にとりあげられているばかりでなく、どの作品も、階級闘争の間におこる人間葛藤の微妙な心理、モメントが、愛と憎み、明るいものと暗いものとの縺れ発展する形の中に、立体的に
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