なった。一九三四年二月、作家同盟は大衆組織までを対象としはじめた治安維持法の圧力のためまた文学団体として当時もっていた様々の矛盾、困難な内部事情のため解散したのであった。
このような多忙をきわめた理論闘争と組織更えの間に、プロレタリア文芸の理論は一歩一歩前進し、一九二八年雑誌『前衛』による蔵原惟人の論文「生活組織としての芸術と無産階級」で、はじめてプロレタリア文学の創作方法の問題がプロレタリア・リアリズムの提唱としてあらわれた。同じ人によって訳されたファジェーエフの小説「壊滅」は、ロシアの国内戦時代の大衆の闘争を、その現実につき入って描いた作品としてリアリズム論にふれた一つの典型を示すものであった。グラトコフの「セメント」、リベディンスキーの「一週間」等の小説のほか、マルクス主義芸術理論叢書としてプレハーノフ『芸術論』、同『階級社会の芸術』、ルナチャルスキーの『芸術の社会的基礎』などが出版されていた。『戦旗』には小林多喜二の「一九二八年三月十五日」、徳永直の「太陽のない街」等がのって、日本のプロレタリア文学の大きい前進を示した。一九二九年には小林多喜二の「蟹工船」がかかれ、中野重治の
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