現象に直接影響したのは、青野季吉によって『文芸戦線』に書かれた「自然生長と目的意識」という論文であった。この「自然生長と目的意識」という論文については、今日の読者にとっても十分関心をもたれるべき理由がある。この論文は、青野季吉の善意の所産であり、プロレタリア文芸理論に歴史的役割をもったにもかかわらず、当時彼が翻訳していたレーニンの「何を為すべきか」の政治理論をそのまま芸術運動にあてはめて来て立論したところに、重大な未熟さがあった。「目的を自覚したプロレタリア芸術家が自然生長的なプロレタリアの芸術家を、目的意識にまで引上げる集団的活動」という主張となって、芸術の芸術としての条件と機能とは見落されたのであった。この青野季吉の論文がモメントとなって、ひきつづき『文芸戦線』『プロレタリア芸術』に発表された谷一、中野重治、鹿地亘、久板栄二郎等の論文は、「ただ青野季吉の政治理論を福本の政治理論によって代えたものにすぎなかったのである。」一九二九年にこう批判しているのが、蔵原惟人であることに、注目しなければならないと思う。蔵原惟人はつづけて云っている。「だから『目的意識』がこれらの人々によって芸術作
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