そろしい爆発の記念であった。
 東京中心の大地震、それにつづく大火災という災厄のごたくさまぎれに、朝鮮人の大量虐殺と社会主義者の殺害が、警察力によって行われた。無産階級文学運動に批判者としてあらわれていた平沢計七そのほか七名の人々が、亀戸警察署で殺されその死体は荒川堤にすてられた。アナーキズムの指導者として、クロポトキンの「革命家の思い出」ロマン・ローランの「民衆芸術論」の翻訳などのあった大杉栄がその妻伊藤野枝と幼い甥の宗一と一緒に、憲兵隊につれてゆかれ甘粕憲兵大尉とその部下によって縊殺された。そして、三つの死体は古井戸に投げすてられた。日本の民衆の自由、独立を求める精神を圧殺した治安維持法の発端は、震災の時に山本内閣によってつくられたのであった。
 一九二三年九月におこった、自然的災害というよりもむしろこの社会的反動の暗く野蛮な現象は、一般の文化人を非常に恐怖させた。当分は、雑誌も出ないであろうし、小説などというものの存在さえ可能を失うのではなかろうか、という恐慌的な意見も、作家の間に生じた。大杉栄一家を殺し、平沢計七その他を殺した権力の暴力はその後二十二年間に亙って存続し、益々陰険
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