女として自分の肉体と情感とを旧い男の支配力に向ってうちかけ、主張してゆく形としての現れであった。所謂女の我ままは、女性のこの社会における存在権の表現として、十分にその場所をとっており、狂暴をさえ男、世間の平俗さに対して女の感情の燃え立つ生活力として肯定されていた。
けれども、谷崎潤一郎のネオ・ロマンティシズムさえ徒に情痴に堕したこの時代のエロティシズムへ、婦人作家としての特徴をすすめて行った宇野千代の、新しさの要素、魅力の要素は、田村俊子の示したものとは正反対のものであった。女の愛らしいもろさ、人のよいようなはかなさ、嫋々《じょうじょう》たるところを近代の脂粉のなかに我から認めて、女としてそこへ我が身をもたせかけ行くポーズにあった。男と野暮に言い争ったりしない女の提出であった。この作家は文学的自伝「模倣の天才」の中で次のように云っている。「恐らく瀧田氏(当時『中央公論』の編輯者)は私が、あの給仕女であった私が小説を書いたということに興味を感じてあれを読んでくれたのであろう。給仕女が小説を書く。それはどこかの育ちの好いお嬢さんの書いたものよりも確かに六割方とくであるに違いない」と。そし
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