アによって創刊された『種蒔く人』は当時唯一のプロレタリア芸術運動の組織的な雑誌であった。
 この時代に、今日も猶歴史的な文献としての価値を失わない細井和喜蔵の「女工哀史」が書かれたのであった。
 深く且つひろい社会の動きと文学の渦潮とは、次第に婦人作家の生活にも波及したのであるが、其の形には個々の婦人作家の生活態度が微妙に映った。
『青鞜』時代、野上彌生子はソーニャ・コ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]レフスカヤの伝記翻訳を連載して、読者をゆたかにするとともに、着実に自身の文筆生活と家庭生活とを時代の怒濤から守りつづけ、『青鞜』の朝夕をめぐった騒々しさに自分を捲き込ませなかった。
 人道主義の時代に入るとともに、この婦人作家の生活に母親としての生活面が展開されて、大正初頭の「新しき命」「二人の小さい兄弟」などは、山の手の中流知識人の家庭の情景と、エレン・ケイ風に新しい生命を尊重しようとしている大人と天真な子供らの姿が、ヨーロッパ文学の匂いと艷とをうけついだ表現で語られた。
 民衆の文学の理論の萌芽時代はどこまでもインテリゲンツィアらしいこの婦人作家に、或る精神の抵抗を感じたらしく、
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