本の民法が女子というものをどんなに片手落ちに扱っているかをも切実に省察するようになって来たことがうかがわれる。結婚した女性が、妻となるや否や民法上無能力者とされるということも意外であるし、子供と母との断ちがたさに照らしてみれば、両親のうち父だけに親権が認められて、無能力者たる妻、母は、夫婦の財産に対する権利、親としての権利を持っていないことも、らいてうの疑問をよびおこした。彼女は嘗て「自分の住家というものは、いつも静かに安全に保ちたい」という理由で、『青鞜』の仕事を伊藤野枝にゆずった。今は中流人の妻として母として家庭を「静かに安全に保つ」ためにさえも、妻たり母たる婦人の一市民としての無力さが痛切に感じられて来たのであった。参政運動を否定していたらいてうがそのことには動き出した。これは、当時国民全般の要望であった普選の要求の波と切りはなせない関係であり、ガントレット恒子を、日本代表として万国婦人参政権大会に出席させたような世上一般の気運が坂本真琴の「婦人参政権同盟」その他いくつかの同種の団体を生んだ。「婦人参政権獲得期成同盟会」の成立したのは大正十三年のことである。
このような動きにつ
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