大正五年発刊されていた『婦人公論』などとともに、伸び拡がろうとする婦人の社会感、知識慾、芸術への愛好心を扶けようという目的で編輯され始めた。
その時分の『婦人公論』は『中央公論』によく似た編輯で、一方の論説欄に婦人に関する諸問題をとりあげているのがその違いであった。『女性改造』は表紙も『改造』そっくりで、白無地に黒く「女性改造」と題字が刷られ、創刊号の巻頭言は、筆者自身の感動をあらわした文章で、婦人の解放のために、率直で正義そのものである言論機関としての同誌の発刊を告げている。内容も、ロマン・ローランの「日本の若き人々へ」を初め、婦人の職業と民法の婚姻に関する法律の問題、山川菊栄の婦人運動の新局面についての論文などをのせた。貞操の問題についても、科学的な立場で研究するという態度が示されている。
それらは、どれも根本の心持では真面目で向上的な姉妹雑誌としての立て前に立ち、表紙も内容の扱いかたも無駄な飾りがすくなくて、いかにも婦人の生活発展への真率な期待に充ちたものであったことは、今日の私たちに、尠なからぬ感慨を与える。
明治十八年に、巖本善治等によって『女学雑誌』が初めて創刊された
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