徐々に女優が商業化されたものになってゆく一歩が、無邪気に歩み出されていたのであった。
 大正初期に、このようにして日本の新しい劇運動が擡頭し須磨子のような女優を生んだ背景には、日本の資本主義経済力の一層の進出があるわけであるが、そのような時期に日本の、婦人劇作家というものが格別目立った文学的誕生を遂げていないことは、注目をひかれる。
 近代劇の移入は翻訳劇からはじめられた。シェークスピアやメーテルリンク、トルストイの翻訳劇からはじめられたのであったが、その頃はもうアイルランド劇の翻訳に手を染めたりしていた松村みね子などが、活動の場面を見出して行けなかったのは、どういう原因であったろう。
 長谷川時雨のいくつかの舞踊劇、木村富子の振事や世話ものが舞台にのぼされるのは、所謂旧劇の畑に個人的な伝統の連絡が保たれているからであって、小山内薫を兄としつつ岡田八千代の劇文学における活躍の流達を欠いていることも様々な感情を誘う。その後の婦人劇作家は岡田禎子にしろその他のより若い作家たちにしろ、容易に上演の可能を捉え得ないまま今日に来ている。それは何故だろうか。
 脚本は文学のジャンルとしてむずかしい
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