人称のみにて物書かばや
われは。われは。

われは愛づ。新しき薄手の玻璃の鉢を。
水もこれに湛ふれば涙と流れ
花もこれに投げ入るれば火とぞ燃ゆる
愁ふるは、若し粗忽なる男の手に砕け去らば。――
素焼の土器より更に脆く、かよわく。
[#ここで字下げ終わり]
 続いてらいてうの有名な「元始、女性は太陽であった」という感想文がある。
「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他によって生き他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である。私共は隠されてしまった我が太陽を今や取戻さねばならぬ。『隠れたる太陽を、潜める天才を発現せよ』こは私共の内に向っての不断の叫声、押えがたく消しがたき渇望、一切の雑多なる部分的本能の統一せられたる最終の全人格的の唯一本能である。その叫声、その渇望、その最終本能こそ、熱烈な精神集注とはなるのだ。そしてその極まる所、そこに天才の高き王座は輝く。」
 散文詩のような調子で書かれているこの感想は、女性が奮い立って自身の天才の目醒めを翹望する熱烈な言葉に鳴り響いているのである。同時に、今日の歴史の光に照して見れば、らいてうがこのように高い調子
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