のありのままの姿を描き出させたのであった。身辺生活の描写ということが、日本の自然主義文学の消長の間ではおのずから日本の家族生活中心の生活伝統と結びついて、環境描写はよりひろい社会的生活の描写にひろげられてゆくよりも、却って益々家庭の中での身辺描写に狭ばまり縮小して行った。この過程は、フランス文学における自然主義の歴史傾向と比べて見て、少なからぬ感想をそそる。フランスの自然主義文学は、社会的な文学への道をひらいたのであったから。日本の社会と文学との土壤にうけいれられた自然主義の流れのこのような流れかたは、男の作家たちが生活環境を理解する力を社会的に拡大させ得なかった。ましてや婦人の作家たちにとって、彼女たちの置かれた環境の客観的な本質を追究するまでのような力は与えられなかったのである。
 しかし、新しい思潮の核心であった、あるがままの真実を恐れず直視しようとする精神はその狭い限界をもった日常の環境の裡でも、日本の女のおかれている状態をあるがままに女に向って展いて見せる契機をなした。現実を直視することの正しさに対して示された一般の積極的潮流は、婦人の精神と感情とを勇気づけ押し出して、狭い家
前へ 次へ
全369ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング