婦人と文学
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)飛沫《しぶき》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一寸|文《ぶん》のわかる男
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)エリザ・オルゼシュコ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ァ
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)燈影しば/\風にまたゝくところ、
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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婦人と文学
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一、藪の鶯 一八八六―九六(明治初期一)
二、「清風徐ろに吹来つて」 (明治初期二)
三、短い翼 一八九七―一九〇六(明治三十年代)
四、入り乱れた羽搏き 一九〇七―一七(明治四十年代から大正初頭へ)
五、分流 (大正前期)
六、この岸辺には 一九一八―二三(大正中期)
七、ひろい飛沫《しぶき》 一九二三―二六(大正末期から昭和へ)
八、合わせ鏡 一九二六―三三(昭和初頭)
九、人間の像 一九三四―三七(昭和九年以後)
十、嵐の前 一九三七―四〇(昭和十二年以降)
十一、明日へ 一九四一―四七(昭和十六年―二十二年)
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前がき
この「婦人と文学」は、はからずも思い出のこもった一つの仕事となった。
一九三八年(昭和十三年)の正月から、進歩的な数人の作家・評論家の作品発表が禁止されて、その禁止は翌年の三、四月頃までつづいた。やっと、ほんの少しずつ短いものが公表されるようになったとき、偶然三宅花圃の思い出話をよんで、そこに語られている樋口一葉と花圃との対照的な姿につよく印象づけられた。それについて、随筆のように「清風徐ろに吹来つて」を書いた。そしたら、興味が湧いて自然、一葉の前の時代についても知りたくなり、またその後の日本文学と婦人作家の生活も見きわめたくなった。
日本の社会生活と文学とが日一日と窮屈で息づまる状態に追いこまれていたその頃、大体近代の日本文学はどんな苦境とたたかいつづけて当時に到っていたのか、その努力、その矛盾の諸要因をつきとめたくなった。人生と文学とを愛すこころに歴史をうらづけて、それを勇気の源にしたかった。そこで一旦「藪の鶯」に戻って、年代順に一九三九年の初夏から翌年の秋まで、一区切りずつ『文芸』に連載した。
文献的にみれば不十分であろうし、文芸史としても、もとより完璧ではないけれども、近代日本の社会が辿って来た精神の幾山河と、そこに絡む婦人作家の運命について或る概観はつかむことが出来た。
中央公論社から出版されることになって、すっかり紙型も出来、装幀もきまったとき、一九四一年十二月八日が来た。アメリカとの戦争が開始された。九日には、数百人の人と同様、私も捕えられて拘禁生活にうつされた。中央公論社では、この突発事で出版を中止した。
平和がもどって来たとき、私は紙型になったまま忘られた「婦人と文学」をしきりに思い出した。丸の内の中央公論社は焼けなかった。紙型はのこっていやしないだろうか。度々きき合わせたが、どこにも其らしいものはなく、多分よそにあった倉庫で焼けてしまったろう、ということになった。
すると、或る日、思いがけず実業之日本の船木氏が、偶然よそから手に入れた「婦人と文学」のゲラをもって来られた。実におどろき、そしてうれしかった。赤インクでよごれて判読しにくいゲラを、すっかり原稿紙に写し直していただいて、又よみ直し、書き加え、中央公論社の諒解も得て出版されることとなった。
よみ直して、あの時分精一杯に表現したつもりの事実が、あいまいな、今日読んでは意味のわからないような言葉で書かれているのを発見し、云うに云えない心もちがした。日本のすべての作家が、どんなにひどい状態におかれていたかということが、沁々と痛感された。今日の読者に歴史的な文学運動の消長も理解されるように書き直し、最後の一章も加えた。
近い将来に、日本文学史は必ず新しい社会の歴史の観点から書き直されるであろう。この簡単にスケッチされた明治以後の文学の歴史は、そういう業績のあらわれたとき、補足されなければならない幾つもの部分をもっているにちがいない。けれども、一人の日本の婦人作家が、日本の野蛮な文化抑圧の時期、自分の最もかきたい小説はテーマの関係から作品化されなかった期間に、近代日本の文学と婦人作家とが、どう生きて来たかということを切実な思いをもって追究した仕事として、主観的な愛着のほかに、何かの意味をもっているだろうと思う。
一九四七年三月
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