い出した一人二人の女に、どれ程強烈な色と、角度を求めて、それを自身の趣味に誇張して創ったかと、おどろきを与えられる。そこには、一人の自然な女がいるよりも、男である作者の好みがいる。女主人公に作為されたロマンス的美と思われた奇矯さは、その衝動のあらわさ、本当の思想性ヒューマニティーの粗末さで、今日、寧ろ厭味であるし幼稚を感じさせる。文学作品の世界では、自然派の男の作家によって描かれる女と対立して、以上のような人工女も描き出されているのであるが、現実生活の中で、当時の若い婦人たちは、どのように時代の波をその心身に浴びていただろうか。
自然主義で云われた獣性の曝露は、男と同じような直接さで婦人の感情の必然に結びつかなかった。所謂肉慾描写というようなものが、いきなり女の創作のなかへそれなりの形で移入し得なかったのは、女の生きて来た長い深い社会的な理由からも当然であったと思う。
男が自身のいろいろな欲望の積極的な表現について自覚し、それを追究してゆくと全く同じ態度で、女が男を対象として自分たちの中にそれ等の獣的なものを発見し追求してゆくほど、生物的な面でさえ女が自主的であり得たためしは、過去の歴史に無かった。女の側から云えば、社会への視野がひろがれば広がるほど、実生活の上で男性のそのような欲望に圧ししかれて来た自分たち女の過去からの姿がまざまざと見えて来て、自然派の作品が、女を性器中心の存在のように扱う場合の多いことに対して、却って本能的な反撥が感じられていたと思われる。
従って、新しい思潮としての自然主義の波は、女にも綺麗ごとでない人生の局面に向って其を見きわめてゆこうとする勇気を与え、その勇気の正当であることを知らせた。客観的に現実を観察する力を幾分はっきりもって来たことから、婦人一般の社会感情が女性解放の欲求へ方向づけられ、イプセンの婦人解放思想とその芸術への影響へ準備されて行ったことは、意味ふかい事実であった。
このことは、水野仙子や小寺菊子の文学に、はっきりとあらわれている。
水野仙子は自然主義の文学が頂点にあった明治四十年に、二十歳で文学の仕事に歩み入り、二十二の年には田山花袋の門下となって、「徒労」「ひと夜」「貸した家」その他の作品を発表した。そして、大正八年三十二歳で生涯を終るまで、多くの短篇を発表して、堅実な作風の婦人作家として、地味であるけれども確実な文学的評価をうけた。
時期から云えば、水野仙子は最も強く自然主義の影響のもとに生い立つ婦人作家であった。田山花袋の文学に肯定できるものを見出したから、その家に寄寓もしたのであったろう。ところが水野仙子が自身の文学の境地として花袋からうけついだものと云えば、其は決して「蒲団」の世界ではなかった。寧ろ「田舎教師」に描かれている世界である。「田舎教師」で花袋が自然と人事とを見ているあの日常性、平凡事へこまかに向けられている人生的な目差し、周囲に対して激しく挑んでゆこうとする心を、終局には武蔵野の野末にこめる霧のなかへ溶し遣るような日本の伝統的な諦観の情緒。それらをうけて、二十三歳の水野仙子は「四十余日」「娘」など書いている。
自然主義の文学運動が、小市民の何の数奇もない日常生活の中に小説として、人生を見出してゆく可能を示したことは、婦人作家にも限られた自分のぐるりにある生活環境の中から、小説をかいてゆくことが出来るということを理解させた。つくりものの物語でない生活の描写ということを眼目とした自然主義の写実精神は、水野仙子等の文学に、過去の婦人作家たちの小説の世界とは全くちがった生活のありのままの姿を描き出させたのであった。身辺生活の描写ということが、日本の自然主義文学の消長の間ではおのずから日本の家族生活中心の生活伝統と結びついて、環境描写はよりひろい社会的生活の描写にひろげられてゆくよりも、却って益々家庭の中での身辺描写に狭ばまり縮小して行った。この過程は、フランス文学における自然主義の歴史傾向と比べて見て、少なからぬ感想をそそる。フランスの自然主義文学は、社会的な文学への道をひらいたのであったから。日本の社会と文学との土壤にうけいれられた自然主義の流れのこのような流れかたは、男の作家たちが生活環境を理解する力を社会的に拡大させ得なかった。ましてや婦人の作家たちにとって、彼女たちの置かれた環境の客観的な本質を追究するまでのような力は与えられなかったのである。
しかし、新しい思潮の核心であった、あるがままの真実を恐れず直視しようとする精神はその狭い限界をもった日常の環境の裡でも、日本の女のおかれている状態をあるがままに女に向って展いて見せる契機をなした。現実を直視することの正しさに対して示された一般の積極的潮流は、婦人の精神と感情とを勇気づけ押し出して、狭い家
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