がする。そして、コソコソと出来るだけ彼の目から避けて通り過ぎながら、心のうちには自分が何か彼にしなければならないという感情と、この上もない気味悪さが混乱した、大嵐が吹いているのであった。
万一どんなか方法によってこの白痴だと思われている子のうちから、何かの輝きが見出される筈であるのを、傍の者が放擲《ほうてき》してしまったばかりで、一生闇の世界で終ってしまうようなことがあれば、ほんとに恐ろしいことである。
今まで死なないところを見れば、どこかに生きる力は持っているのだ。
十一年保っていた命の力は大きいものである。ましてここいらの、ほんとに人間を生長させるには不適当なようなすべての状態にある所では殊にそうである。
空想ではあろうけれども、私は彼の霊と通っている何かが必ず一つはあるだろうということを思い、それに対しての彼は聰明なのじゃあないかなどと思った。
彼の親父は人間の仲間では気違いである。けれども犬と彼とはどれほど仲よく互に心を感じ合っていることか。
白痴の心は私にとっては謎である。分らなければ分らないほど、私は何かありそうに、どうにかなりそうに思わずにはいられなかったので
前へ
次へ
全123ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング