る。
皆はてんでに勝手な悪口や戯言《じょうだん》を彼にあびせながら、手に持っている魚を突っついたり、犬をけしかけたりした。
「う! 穢《うだ》て。あげえ犬の舐めてる魚あまた善馬鹿が食うんだぞ。ペッ! ペッ! 狂犬病さおっかかったらどうすっぺ」
「ひとー馬鹿《こけ》にしてけつかる。もうとうに狂犬病さかかってっとよ! この上へ掛るにゃ命が二ついらあ」
「わはははは。ほんによ。うめえや」
「おっととととと」
人々は急に笑い出した。
下等な笑声の渦巻の下を這うようにして、善馬鹿の低い甘ったるい、
「へへへへへ!」
という声が飛びはなれて不快に響き渡った。
「厭《や》んなことしてけつかる」
「そんだら行《え》げよ。おめえにいて貰わんとええとよ。フフフフフ」
「や! 鮭が落ちんぞ。馬鹿!」
「ははははは」
集っている者共は、下等な好奇心に動かされて、互に突き合ったり打ち合ったりして喚きながら、暫くの間大きくなったり、小さくなったりしていた。
けれども、だんだん人数も減って来ると、前よりもっといやな顔をした善馬鹿が、握った鮭を落しそうにしてよろけながら、道傍の樫の大木の蔭まで来ると、赤ん坊
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