止めるだろう。体をなおしてまた働くようにと云うだろう。けれどもそれでほんとうに助けたといえるだろうか。私には、どうしても、ただあのとき、あの木の枝から新さんを離しただけのことじゃあないか。
私は新さんの一生を守って暮すことは出来ない。年中心を励ましつづけてはいられない。そして、僅かばかり療治され、金をもらい、貧しく辛く淋しい世の中に突き出されたところで、何がうれしかろう。
「俺れは救われた。けれどもどうしようというのだ? 前よりも辛い思いをし、苦しみもがいて生かして置かれることはちっとも欲しくないのだ! お前は一人の人間を助けたということに満足して、いつまでもたのしむだろうが、俺れはいつでも、『あのとき死んだら』と悔まなくちゃあならぬ」
私はほんとうに、若しあのとき新さんを助けたところで、一生を確かに強く、虐げられずに送らせることが出来なければ、何でもないことになってしまう。
死のうとする者は救《たす》けるべきだという常套的な感情に支配されて、その者の一生を考えるより先に、自分の心に満足を与えるのじゃあないか?
私はここに思い至ると、今までのすべてがグザグザに壊《くず》れてしま
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