と、云いながら早速これを持って、立って満足げに行く様子を見送ると新さんは、嬉しそうに微笑して目を瞑った。
「おっかあ! おめえも決して悪《われ》え人じゃねえ。が、俺ら辛えや。昔のことー思い出すのが辛えや、なあおっかあ! 俺ら何ちゅう睦まじいこったったろうなあ」
 新さんの眼からは、滝のような涙がこぼれた。押し切ったような苦しい啜り泣きの声が、静かな部屋に悲しく響き渡ったのである。

        十七

 都会から遠く逃れた、名も知られない一小村落に起るいろいろの事件を包含して、秋は去年と同様に、また百年前と同じように育って来た。
 山並みや木々の葉に明かになって来た秋の気候と、まだどこやらに残っている夏の余力がともすれば衝突して、この二三日の天候は非常に悪かった。
 広い空一面に雨雲が漂って、不愉快な湿気が南風の生暖かい吹き廻しと、垂れ下った雲の下で縺れ合っている。遮られがちな太陽《ひ》の光りは、層雲の鈍色《にびいろ》のかたまりに金色の縁取りをし、山並みを暗紫色に立木や家屋などの影を調《ととの》わない形にくっきりと、乾いた地面に印している。
 山から斜に這う風が、パーッと砂煙を
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