好《え》え気になって、ほざいてけつかんから恐ろしいや」
「そうともよ、好え気になれんのも娑婆にいる間だけのこった、なあ新さん。死んだ後のこと、俺らが知るもんけ!
あとは野となれやま……となーれ。
ヤ、シッチョイサ!
か。
どうだ巧かっぺえ」
皆は破《わ》れるように喝采した。新さんは妙な笑い方をした。
「面白えなあ。踊りてえなあ。ちゃん!」
甚助の子が、よろけながら立ち上ったとき、向うから、これも微酔《ほろよい》の善馬鹿が来かかった。
これで、すっかり元のように賑やかになってしまった。
彼は皆に呼ばれて、また二三杯のまされた。
「おめえ俺らと仲よしだんなあ。善! 踊んねえか? 面白えぞ」
甚助の子は、善馬鹿の耳朶を引っぱりながら、床几《えんだい》の周囲《まわり》を引っぱり廻した。
「こりゃうめえ、さ、踊れ。また酒え飲ますぞ」
「踊れよ、相手が好えや。ハハハハハハ」
「そら踊った、踊った!」
単純な頭を、酒でめちゃめちゃにされた甚助の子は、気違いのようになっていた。
肌脱ぎになり、両手に草履を履くと、善馬鹿の体中を叩きながら、訳の分らないことを叫んで踊り出した。
「や! うめえぞッ!」
「そーらやれやれ。ええか? 唄うぞ!
ホラ
俺らげーの畑でようー……
ホラ、シッチョイサ!……」
「ワーッハハハハハ」
「ハハハハハハ。ええぞッ!」
「ホラ、しっかりしっかり!」
善馬鹿は甚助の子に、ベチャベチャと草履で叩かれながら、着物のすそを両手にとって、ザラッ、ザラッと足から先に踊り出した。
十六
婦人達が来てから一週間はじきに経った。そして、村はだんだん、元の陰鬱な貧しさに落付き始めた。畑の方もだんだん急がしくなって来たので、自ずと酒屋の床几《えんだい》も淋しくなり、下らないいざこざも少くなった。
けれども、町の婦人達の記念として、善馬鹿はすっかり酒飲みになってしまった。皆のなぐさみものとなってあっちこっちで飲まされたためであろう。
私共は、朝から晩まで、彼のだらしなく酔った体が、泥まびれ汗まびれになって、村中をよろけ廻っているのを見るようになった。
彼はどこの家でもかまわずに、入って行っては、
「酒えくんろー」
とねだる。
村道添いの家で、彼に酒をほしがられない家は一軒もなかった。けれども大抵の家では酒を一滴か二滴垂らした水を遣ったのだけれども、彼は喜んで酔っていたのである。
或る日の午後、私共は茶の間の縁側の傍に坐って、胡桃《くるみ》を挽いていた。すると耕地の方から、グルリと廻って庭木戸の中へノッソリ入って来た男がある。びっくりして見ると、善馬鹿だ。
私は何だか薄気味悪くなって、少し奥の方へいざり込んだ。奥にいた祖母やその他の者も出て来て、半ば気味悪く半ばめずらしそうに、だまって庭に立っている善を見ていると、暫くして彼は低い声でかなりはっきりと、
「酒えくんろー」
と云った。
下女は直ぐ立って行って、薄く酒の香いのする水を、破《か》けた飯茶碗に入れて来た。そして遠くの方から手をのばして、
「ホラ、ここさ置くぞ」
と縁側の端に置いてやった。
善馬鹿は下女の手が引っ込むか引っ込まないかに、引ったくるようにして、茶碗をとった。そして、フーフー鼻息を立てて、喉仏をゴクゴクいわせながら一滴もあまさず飲んだ後を、すっかり舐め廻した。
空っぽの茶碗を持ったままいつまでもそこに立っている。下女は穢いから早く逐い出しましょうと云ったけれども祖母は、狂人や何かにひどくすると、あとできっと「あた(仇)」をするものだからと云って放って置かせた。
私は久し振りで善馬鹿の顔をツクヅクと眺めた。今日はどうしたのか、いつもよりよっぽど、小ざっぱりとしていて、さほど臭くもなければ穢なくもない。けれども、精神病者に特有な、妙に統一の欠けた手足の動かし方や、目の使いようが、却って凄く見えた。そして、先達て中よりは、すっかり痩せて、頬などはゲッソリこけている。皺も多くなったし、全体に弱っている。やはり酒などを飲んで、始終興奮状態が続いているのがすっかり堪《こた》えてしまったものと見える。
可哀そうな! あばれるようにでもなったらどうするのだろう。
私はぼんやり母から聞いた北海道の気違いの話などを思い出していた。すると、いきなり善馬鹿は、ニヤニヤしながら、
「飯が食いてえなあ俺らあ」
とつぶやいた。
云いようがあまり子供のようなので、私共は皆吹き出してしまった。けれども、私は下女と二人で丼の中に飯と、昼に煮た野菜と漬物を一緒に山盛りにしてまた、縁側の端へ置いた。
彼は直ぐそれをとった。そして地べたに坐りこむと足の間にそれを置いて両手で、食べ始めた。丼の中ばかりを見つめて、ほんとうにガツガツと
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