した。萱《かや》の刈跡を裸足の足の裏にくすぐったく感じながら、グングン林の奥へ奥へと進んだ。
 薄い紙を濡らして重ねたようになっている落葉を掻き分けて爪の間に泥を一杯つめ込んだ彼等は、思わず掴んだ蚯蚓《みみず》を投げつけ合ったり、松葉でくすぐり合ったりしながら、先を争って行くと、一番先に立って林続きの墓地裏に入っていた一人の子は、何物か急に見つけたらしくピタリと足を止めて、注意深く前方を透した。
 この様子にびっくりした子供等は、皆馳け集って、指し示された一点を揺れる梢の間から、ながめた。
 そこには――葉の茂みが泡立つ浪のように崩れている間からは――白い模様のある黒い布が旗のように、はたはたとはためいているのが見えた。
「何だっぺ? 何があげえにヒラヒラしてんだっぺ!」
「ほんになんだっぺ? 行って見べえか?」
「うん、ほんにそれがええ。さ、行って見ろ。俺等こけえ待ってらあ。なあ、源!」
「ああ、ほんにおめえ行って見ろ。俺らこけえに待ってら」
「何《あん》だ、俺れ一人で行《え》ぐのけえ? 厭《や》んだあ、俺れそげえなこと、やんだあ、おめえ等も一緒に来よ!」
「俺等|行《え》ぎだくねえんだもん。おめえ云い出したのでねえけえ。なあ?」
「うん、そうよ」
「そうとも。おめえ云い出したんでねえけえ? 行ってこーよ!」
「おめえ行ってこ。俺等ここで、待ってんべ!」
 行って見ようかと云い出した者はすっかり困ってしまった。で、チッチノホー(じゃんけん)して負けた者が行こうと云っても、何といっても、仲間はきいてくれないので、とうとう、彼が一番先に立ってそのあとから皆が付いて行くということに定まった。
 彼の小さい心は、好奇心と恐怖で張りきり、鼓動が耳の中でしているように感じられた。逃げ出したいほど気味は悪いけれども、もうこうなったからには「弱え奴等」にアッと云わせるだけ強そうでなければならないと覚悟を定めて、彼は、肩を怒らし大股に進んで行ったのである。
 けれどもこの驚くべき勇士の決心は、赤肌をした松の幹の高い所に、二本の青い人間の足がブーラ、ブーラとしているのを見出した瞬間、何の役に立ったろう! 彼はサッと青くなって、跳び上りざま仲間へ向って、
「首縊《くびかか》りだぞッ!」
と叫ぶや否や、蹴飛ばされたように墓石の間をすり抜けて、往還の方へ逃げ去ってしまった。
 この意外な一声に、他の子供等はどのくらい仰天したことだろう!
 彼等は我を忘れて、いろいろな叫び声を上げながら、狭い小道を犇き合って、我勝ちにこの飛んでもない場所から逃げ出した。
 急に、ヒッソリ閑としてあたりには木立ばかりがざわめいて、少しばかりの「きのこ」のささった笹が、投げ捨てられたまま、揺れる二本の足の下で、風に煽られていた。
 子供等の先達で、村の男共はほとんど皆墓地に集った。多勢一塊りになり、努めて付元気を出しながら嘘であれかしと近寄って見ると、何事だろう!
 ほんとうに首縊りだ。
 顔を手拭で包みガックリとうなだれた男が一本の繩に吊る下って、壊れた人形のように他愛もなく体中でブラブラ揺れているのではないか!
 雨にぬれてピッタリと肌に貼りついた着物を透して、気味悪く固まった筋肉が明かに輪郭を見せている。
 七八本ずつ粘りついて刷毛《はけ》のようになって突立っている髪の毛の上には、落葉だの芥だのが附いている。
 彼等は今更胸を打たれた。
「一体《いってえ》誰《だん》だっぺ?」
 皆はしきりに思い出そうとしたけれども、着物の模様にも体の形にも見覚えはなかった。
 もう七年前に或る百姓女が同じ墓地内で縊死したのを見てから、トンとこんな恐ろしいことには出会わなかった農民共は、取りあえず何をどうしたら好いのか、サッパリ様子が分らなかった。
 蓑だの笠だので雨支度をした多勢は、黙り返って茫然《ぼんやり》と、どうしても玩具とほか思えないように風に弄ばれなぶられている人間の体を見ていたのである。
 赤土が雨に流されて、幾条も縞の出来た所には蹴返されて泥まびれになった木の切株と、ふやけた片方の草履がころがり、地上から三四尺隔っている死人の裾から落ちる雫で、下にはポチポチと丸い小さい穴が沢山出来ている。
「早くおろさにゃあなんねえ」
 皆は同じようにそう思いながらまた、同じように誰か云い出す者を待っていた。
 大濤のような音を立てて、風が梢から梢へと吹きめぐって来る毎に、激しく動く体の重味で、あの細い繩がプッツリ切れ、ドサッというと一緒に死骸が落ちて来でもしようものならという恐れが、皆をすっかりおびえさせていたのである。
 手柄顔をした子供達は、自分をいつも擲ったり叱ったりする「おっかねえ父親《ちゃん》」や「兄《あんに》い」が今日はまたどうしたことか、手も出さないでただ立っているだけ
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