集った者どもの羨望のささやきにとりまかれて、桶屋の前に据えられた。
 彼等は、飛びつきたいほど嬉しかった。けれども、強いて落着いて云えるだけお礼を云いお世辞を並べながら続けさまに頭を下げた。
 そして、仕舞いには腹が立って来て、
「人こけにしてけつかる。行げっちゃあ!」
と怒鳴りたくなって来るまで、婦人達はだまって頭を上げたり下げたりさせて見ていたのである。
 ついに婦人は動き出した。彼等はホッとした。
 そして、まだ一人二人の女は自分の軒の前にいるのにもかまわず、桶屋夫婦は包みを両方から引っぱって、急いでまごつきながら開けて見た。
 中には五円札が一枚入っていた。
 二人は札の面を見た瞬間、弾《はじ》かれたように顔を見合せて、ニヤリとした。
「当分楽が出来んなあ」
「ほんによ。そんにこんねえだの帯も買《け》えるしな」
 女房は云ってしまってからハッと気が付いて、娘の方を見ると、ぼんやり疲れきったようにして、揉みくちゃになった水引だの、「病人見舞金」と楷書で書いてある包紙を見ている。
 女房はチョッと舌打をして、男に耳こすりをした。亭主もその紙を見て、娘を見て云った。
「なあに大丈夫よ。奴にゃあ分んねえ」
 娘は、暫くすると、よろよろしながら臭い夜具を引きずって、また暗くじめじめした奥へ引っこんでしまったのである。
 婦人連は、一軒一軒に同じ文句を繰返しては、鷹揚《おうよう》に会釈をし、自分の品を上げるとも下げないほどの同情を表した。
 そして特に会長夫人は、いつも「ええ、そう、そう、そう、そうですよ」と胸まで首を曲げて返事をする代りに、今日は黙って大きくうなずくだけであった。而も心の中では「ああよしよし」とつぶやきながら。
 一行は行く先々で感謝せられ尊敬せられまた驚かされた。
 婦人達は皆、自分の仕事に満足した。
「人にほどこしをするのは、何て面白いのだろう!」
 けれども、だんだん疲れて来ると、同じようなお辞儀だの、お礼だのを聞くのにも倦きて来たし、自分等も一々丁寧に同情を表したり説明したりするのも厭になって来て、仕舞いには、会長夫人がちょっと立ちどまって会釈するあとから、直ぐ金包みを投げ込んで、先へ先へと急行しはじめた。
 後についている者共も、だんだん馴れるにしたがって、婦人達に聞えるほどの悪口を云ったり品定めをしたりするようになったので、婦人達は、益々う
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