のを見ていた。町からこの村へ来る者は、一人一人ここから見えるのである。
 けれども、昼近くなるまで、町の者らしい者は一人も通らなかった。
 ところが、もう十一時頃になって、沢山の人力車《じんりき》が列になって暑そうに馳けて行った。中には、種々な色の着物が見える。町の婦人達の仕事は、これから始まろうとするのであった。
 村の入口で婦人達は車を下りた。そして、会長夫人を取り巻いて、ガヤガヤ歩き出しの相談をしている周囲を、裸身《はだかみ》に赤ん坊を負ぶった子守だの女房共だのが、グルッととりかこんで、だんだん外側から押しつけ始めた。
 貧乏な女共は、びっくりして町の「奥様方」を観た。
 光る櫛の差さった髪、刺繍《ぬいとり》だらけの半襟、または指中に燦き渡っている赤や青や白の指環をながめた。指環をはめていない人はない。皆手に小さく美しい袋を下げている。まあ帯の立派だこと! どんな白粉ならああむらがなく付くのだろう? あら! あんな洋傘《こうもり》もあると見える!
 女共は頭が痛くなるほど羨ましかった。同じ女に生れて、自分等のように死ぬまで泥まびれでいなけりゃあならない者があるかと思えば、こんなお化粧をして、金を撒いていられる人もある。
 何て立派なんだろう!
 けれども……。
 女達が妙に思ったのは無理もない。町の奥さん方は、ほかは金ぴかぴかでいながら着物は皆メリンスばかりであった。
 それは、「質素を旨とし衣服はメリンス以下なるべきこと」という条件があったので、賢明なる婦人達は、その箇条を正直に最も適当に守ったのであった。
 やがて婦人共は歩き出した。
 派手な色彩の洋傘が、塵《ほこり》だらけの田舎道に驚くべき行列を作った。
 第一に止まったのは桶屋の所である。
 後をゾロゾロついて来た者共は、先を争って間口一杯に立ち塞がったので、妙に暗く息のこもったようになった部屋の中には、股引一つの桶屋と、破けてボロボロになった「ちゃんちゃん」を着た女房が、幽霊のような娘を真中にして、ピッタリとお辞儀をした。
 会長夫人はふくみ声で難かしい漢語を交えながら、今度の自分等の目的を説明した。
 桶屋夫婦は、何のことやらさっぱり分らなかったけれども、ただお辞儀ばかりをしていると、会長夫人はちょっと指で合図をした。
 すると、中の一人が朱塗りの盆の上に大きな水引のかかった包みをのせて差し出し、
前へ 次へ
全62ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング