いているのを見ると、ほんとうに気の毒になった。
けれども、二十三にもなった男一人が、物の道理も分らないおふくろの自由にされて、苛《いじ》められても恥かしめられても、ただ一言云い争いもせず、ただ彼女の弁護ばかりしているのを見ると、妙な心持にならずにいられなかった。
何だか、どこかに私共より偉いところを持っているような気がして、どんなに気の毒だと思っても、他の人々へのように、僅かばかり食物をやったりすることは出来ない。
道でなど会うと、私はほんとうに心から挨拶をして、丁寧に病気の塩梅を聞いた。
随分気分の悪そうな顔をしているときでも、彼は、
「おかげさまで、だんだん楽になりやす」
とほか云ったことがなかった。
十四
新さんのことがあったので、三十一日はかなり早く来た。二百十日前のその日は、大変に朝から暑くて、鈍い南風が、折々木の葉を眠そうに渡った。
いつもより早く目を覚ました私は、いつもの散歩がてら村を歩いて見た。
家々はもうすっかり食事までも済ましている。前の広場だの、四辻だのには、多勢の大人子供が群れてガヤガヤ云って騒いでいる。
けれども、私の驚いたことには、彼等の着物や何かが昨日とはまるで別人のように、汚くなっていることである。女達は、皆|蓬々《ぼうぼう》な髪をして、同じ「ちゃんちゃん」でもいつ洗ったのか分らないようなのを着ている。裸体《はだか》で裸足《はだし》の子供達は、お祭りでも来たようにはしゃいでいるし、ちっとも影も見せないようにして奥に冷遇されていたよぼよぼの年寄や病人が、皆往還から見える所に出て来ている。
桶屋でも、あの死ねがしに扱っている娘を、今日は、特別に表の方へ出して、ぼろぼろになった寝具を臆面もなく、さらけ出して置く様子は、私に一向解せなかった。
村中は、もう出来るだけ穢くなって、それでいて私が今まで一度も見たことのないほど活気づいている。
けれども、見て歩くうちに、だんだん彼等の心がよめて来た。そして、人間もどこまで惨めな心になるものかと、恐ろしいような情ないような心持になってしまった。
私は、何だか自分の力ではどうしようもないことが、起って来たような気持になって、家へ帰った。
家の中は相変らず平和に、清潔に、昔ながらの家具が小ぢんまりと落着いている。
私は、折々縁側に立って向うの街道の砂塵の立つ
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